2016/11/24

唐辛子/Cabai(Cabe)

唐辛子 Ambon_Maluku, 2012

インドネシアの食卓になくてはならないものの一つ、唐辛子。
切っても切れない存在という意味で、一番最初の食材として、紹介しますね。

インドネシア語ではCabaiと言いますが、口語のCabe(チャベ)の方が馴染みがいいかもしれません。
(音も「チャベ」の方がかわいいですし)
全てのインドネシアごはんが辛いわけではありませんが、
食卓に添えられる「サンバル」に、唐辛子は欠かせません。

サンバル:唐辛子にトマトやシャロットその他調味料を加えて作られた主にペースト状のもの。食卓で、生野菜や肉類につけたり、麺やスープに加えたり、あらゆる場面で使われる。合わせる料理によって、そして地域によって様々なバリエーションがある。

インドネシアでは、唐辛子はフレッシュな状態で売られ、消費、調理されることがほとんどです。
農耕に不向きな土地では、例外的に乾かした状態で保存し湯で戻して使う場合もありますが、
東アジアの国々のように乾燥させた唐辛子やその粉末というのは、ほとんど見かけることがありません。
生の唐辛子のスパンとした辛さが好まれるのと、
なにより、冬がないこの気候なので、一年を通していつもフレッシュな唐辛子が採れるからなのでしょう。

市場にて Bandung_West Java, 2016

唐辛子はそもそも南米が原産のもので、世界に伝播したのは15世紀以降だと言われています。
スペインとポルトガルによってアメリカ大陸から持ち帰られた唐辛子は、
まずは南欧中心に広まり、16世紀に入るとインドへ伝播。
1542年にはポルトガル人宣教師によって日本にも持ち込まれています。
その当時のインドネシアと言えば、胡椒や丁字など、世界へ輸出される香料の産出国であり、
スペイン、ポルトガルがその産地を目指し渡来してきた時期でもあります。
そんな彼らによって唐辛子はインドネシアにもたらされ、栽培され始めました。

それから5世紀。
今や唐辛子はすっかりインドネシアの人々になじみ、唐辛子のない生活など考えられないほど。

そんなインドネシアで使われる唐辛子は、主に以下の3種類です。

右から、チャベブサール(赤・緑)、チャベクリティン(赤・緑)、チャベラウィット(赤・緑)

この並びでの辛さの度合いは、小さい>大きい、になります。
また、緑のものは赤の未熟段階となりますので、当然辛さとしては、赤>緑、です。

チャベブサール/Cabai Besar
「大きな唐辛子」という名の通り、大振りで肉厚の外皮の唐辛子です。シシトウの1.5〜2倍くらいの大きさ。
種の部分を除いてしまえば、辛味はそれほどでもなく、料理の中での色味として使われていたりします。

チャベクリティン/Cabai Keriting
こちらは「縮れた唐辛子」という意味。
細身で長く、たしかに縮れたように見える外皮は薄めです。
しっかりとした辛味があり、サンバルなどにもよく使われる唐辛子です。

チャベラウィット/Cabai Rawit
「小さな唐辛子」と名付けられた、素晴らしく辛い、小粒の唐辛子。
バードアイと呼ばれる品種ですね。
わたしが住んでいる西ジャワ州の言葉(スンダ語)では「チェンゲッ(Cengek)」とも言われます。
こちらもサンバルにも使われますし、緑のものは揚げ物などと一緒にそのまま齧ることもあります。
当然辛いのですが、フレッシュな唐辛子独特の香りと相まって、病み付きになる美味しさ。
ただ、赤く熟れた方は、生で齧れる次元ではなくなっています。
家々の庭先にもよく植えられているのが、この唐辛子ですね。

これら3種がスタンダードなものではありますが、
旅先で市場をのぞくと、時々あまり見かけない種類の唐辛子に出会うこともあります。

唐辛子 Flores_NTT, 2016

これは、東ヌサトゥンガラ州フローレス島のマンガライ地方で見かけた唐辛子。
小指の先より更に小さい、極小の唐辛子です。右のチャベブサールと比べると、その小ささが分かります。
チャベパディ/Cabai Padiと呼ばれる種類で、インドネシアの中でも特に乾燥した地域で採れるのだそうです。
この唐辛子、バンドンの自宅に持ち帰り乾かしておいたのですが、
辛いもの大好きな我が家のメイドさんが嬉々として麺に入れて食べていました。
彼女曰く「チャベラウィットより辛い」のだそうです。
実際、マンガライ地方で食べたこの唐辛子を使ったサンバル(乾かしたのを湯で戻し潰しただけ)は、
ほんの少量だけでも頭の毛穴が開くくらい、強烈な辛さでした。

そして次は、スラウェシ島のタナトラジャの市場で見かけた唐辛子です。

唐辛子 Tana Toraja_Sulawesi, 2011

小さくてずんぐり、小粒のパプリカのような形をした、バンドン辺りでは見かけることがない品種です。
この形と色、ハバネロくらいしか思いつかないのですが。どうなんでしょう。

熟れていく段階なのか、緑、黄色、オレンジ、赤という色合いもかわいらしかったです。
市場のおばちゃんに聞くと「辛くて美味しいよ」とのこと。
じゃあ、とちょっと齧ってみたのですが、確かにかわいい見た目に反し、しっかりした辛味でした。

そうそう、トラジャでは唐辛子は「ロンボック/Lombok」と呼ばれていました。
インドネシア全国を見たら、唐辛子はチャベが一般的ではありますが、
ロンボックもまた「唐辛子」を意味する単語で、インドネシア東部で耳にすることが多い気がします。
ちなみに、バリ島の東にある島の名前もまたロンボック。
ロンボックの名物料理と言えば、唐辛子たっぷりでとても辛い、でも美味しい鶏料理「アヤムタリワン」。
あの辛さ、島の名前と何か関係あるんでしょうかね。

唐辛子 Tana Toraja_Sulawesi, 2011

話しを戻して。

ハバネロに見えるこのトラジャの唐辛子ですが、
実は、ジャワにはチャベゲンドット/ゲンドル(Cabe Gendot/Gendol)と呼ばれる品種があり、
これがユカタン原産のハバネロと同一品種だと言われています。
栽培されているのは、西ジャワ州バンドン周辺と、中部ジャワ州のディエン高原周辺が中心。
このトラジャの唐辛子とは見た目がだいぶ異なるのですが。

上:チャベゲンドット 下:ハラペーニョ

チャベゲンドットは、それほど多く見かけるものではないのですが「すごく辛い」唐辛子と言われ、
主に炒め物などに使われるのだそうです。
素手で種部分を触るとその熱さは12時間続く、と警告されるほどの辛さ。

ただ正直なところ、わたしの舌には赤のチャベラウィット以上の辛さは、全て「すごく辛い」であって、
じゃあどれが一番かとか、どれはどれに勝る辛味なのかとか、そんなことまでは判別できないんですけどね。
辛すぎて味覚が麻痺してしまうのです。

チャベゲンドットも辛い辛いと脅されたため、種とその軸を除いた果肉部分を齧るにとどまりました。
(その限りでは、辛すぎもせず爽やかな美味しさ)
だって、炒め物に入れてしまって本当にすごく辛かったら、食べられなくなってしまうかも知れないですから。

ちなみに、上の写真の下の唐辛子はハラペーニョ。
これも決して一般的ではないのですが、スーパーマーケットなどでたまに見かけます。
インドネシアにある唐辛子たちの中では、チャベブサールに並ぶマイルドさかもしれません。
(とはいえ、もちろんそれなりの辛さはあります)

唐辛子

色んな種類の唐辛子を、用途に応じて使い分ける。
なんとなく、日本人が料理に応じて出汁を使い分けるのにも似ている気がします。

追記

赤:バンドン、青:ディエン、黄:フローレス、緑:タナトラジャ

せっかくなので、出てきた地名を地図に印しておきますね。

2016/11/21

インドネシアごはん

パダン料理  Padang_West Sumatra, 2016

こんにちは。

インドネシアのごはんはお好きですか?

インドネシア料理と聞いて、何を思い浮かべますか?
「ナシゴレン」「ミーゴレン」
ですよね、ですよね。他には?なにか思い浮かびますか?

当然のことながら、インドネシア料理はナシゴレンとミーゴレンだけではありません。
だけど、それ以外の料理はあまり知られていないのも、残念ですが、事実。

赤米とおかず  Flores_East Nusa Tenggara, 2016

インドネシア料理と言えば、Hot & Spicy。そう、そんなイメージですね。
けれども実は、辛いインドネシア料理もあれば、辛くないインドネシア料理も、
スパイスたっぷりのインドネシア料理もあれば、ほとんどスパイスを使わないインドネシア料理もあります。

ナシ・カパウ  Bukittinggi_West Sumatra, 2016

南北1800キロ、東西5000キロに渡る多島国家。
国土面積としては世界15位(日本は62位)、2億5千万を超す人口は世界4位(日本は10位)。
13000以上と言われる島々に、300以上と言われる民族が暮らす国。
それがインドネシア。

結婚式の準備 Wakatobi_Sulawesi, 2015

この広い国土に散らばるそれぞれの民族がそれぞれの文化を持ち、当然その中には料理も含まれます。

沿岸部と山間部の収穫物の違い、肥沃な火山地帯と痩せた石灰質の土地で育つ作物の違い、
影響を及ぼしたマレー/インド/オランダ/中国の文化の違い、そして宗教の違い。
環境や背景が変われば、自ずと食材や調理方法も変わり、料理のスタイルも変わってきます。

例えば、ココナッツミルクとスパイスを多用する西スマトラの料理。
もしくは、椰子砂糖を用いて全体的に甘めの中部ジャワの料理、
あるいは、海のものも山のものも使いこなし唐辛子の燃えるような辛さが特徴の北スラウェシの料理。
「インドネシア料理というものはなく、各地の郷土料理があるだけ」とは、よく言われますが、
実際、この広大で多民族の国においてひとくくりにできるものなんて、料理を含め、多くはないのです。

バタック料理 Toba Lake_North Sumatra, 2014

一方で、そうは言っても、というか、矛盾するような話しではあるのですが、
この近代化の波にあって、ましてやインドネシアのような新興国特有の急速な変化の流れにあって、
土地ごとの個性というものが、なんだかだんだん見えにくくなってきている感は否めません。

時間をみつけて、インドネシア各地を旅行して回ることをライフワーク(?)としていますが、
特にある程度の規模の都市となると、街の表情はどこも似たような印象。
じっくり腰を据えて滞在したり、より深く入り込んでいけば土地ごとの個性も見えるでしょうが、
ふらっと来て去っていく束の間の旅行者では、残念ながら入り込むにも限界があります。

そんな中、変わらずその土地らしさを示してくれるものと言えば、食事だったりします。
あの街に行ったらあれを食べよう、この街に来てこれを食べないなんてあり得ない。
そんな思惑が、旅の道々、心をかすめます。いえ、かすめる以上の期待があります。

屋台 Banjarmasin_South Kalimantan, 2016


料理における変化というのは、他の事柄に比べずっと穏やかなのかもしれません。
どんなにライフスタイルが均一化されていっても、ファストフードやチェーンレストランが増えていっても、
舌というのはある意味保守的で、慣れ親しんだ「あの味」を恋しがるひとは多いものです。
各地に伝わる伝統料理、特に家庭料理というのは、この前へ前へと進み変化を求める時代にあって、
人々が変わらないことを求める、数少ないもののうちの一つなのではないかと思うのです。

市場の魚売り Sangihe_North Sulawesi. 2015

そうなのであれば。

各地を旅して回る、その目的の一つとして。この国により親しむための、入り口として。
食材や道具、そして作り方も含めたインドネシアのごはんを、
ただ「美味しい!」と食べて喜んでいた今までよりも、もう少しだけ深く知っていけたら。
そして、その色々を、ここに記録していけたらいいな、と思ったのです。

伝統家屋の台所(薪による調理) Flores_NTT, 2016

ということで、少しずつ勉強しながら、教わりながら、その報告をするように更新していくつもりです。
色んなことが(時に野菜の名称ですら)あやふやな国なので、出来るだけ丁寧に調べるようにはしますが、
勘違い、間違い、あればどうぞご指摘ください。

広く広がるインドネシアの島々を、この国のひとたちは親しみをこめて「ヌサンタラ」と呼びます。

個性溢れるヌサンタラのキッチンへ、ようこそ。