トウモロコシ Bandung_West Java, 2018 |
大晦日の夜には、焼きトウモロコシを食べる。
わたしがそれを知ったのは去年の12月でした。
よく一緒に仕事をしている取引先のインドネシア女子に「大晦日は焼きトウモロコシだよね」と言われ。
「へ?」という顔をしていたわたしに彼女は「なおさん、なんで知らないの?!」と畳み掛けました。
そう言われて見てみたら、どうでしょう、たしかに大晦日の街にはトウモロコシが溢れています。
トウモロコシ Bandung_West Java, 2018 |
わたしが暮らす西ジャワ州バンドンでも、市場にはいつも以上にトウモロコシが積まれ、
スーパーマーケットでもトウモロコシが売り場のいい位置に移動し、
近所の辻には「農家直販」風の軽トラックまで。
ネットで「大晦日、焼きトウモロコシ」と検索すればレシピがずらっと(焼きトウモロコシのレシピとは)。
冒頭の彼女曰く、彼女の自宅がある町内会では一週間前くらいに注文を集めるらしく、
なんと今年は、うちのメイドさんの家の辺りでも農家から「いかがですか」という触れ込みがあったそう。
どうしてトウモロコシなの?という疑問がむくむくと。
トウモロコシ Bandung_West Java, 2017 |
厳密には、トウモロコシだけではないんですね。色々焼くのだそうです。
サツマイモや、バーベキュー風にお肉だったり、魚だったりを、屋外で炭火を使って焼いて食べる。
その中でも、なぜかトウモロコシがメインに取りざたされているのですが、
ざっと調べた限りでは、これはここ十年くらいに認知され始めた新しい習慣なのではないかと思います。
インターネット上でも、古いので2011年の記事に「大晦日の習慣、焼きトウモロコシ」というのがありました。
そしてこれを行っている地域は、まだジャカルタを中心とした都市部だけなのではないかと思われます。
大晦日にトウモロコシを焼くその理由については、
曰く、沢山の粒からなるトウモロコシは我々の持つあらゆる能力や可能性を表わし、
かつそれを見せびらかすことなく包み隠している謙虚さも示している(ので、それにあやかる?)とか、
年を新たにする際には、古い年の(自らの中の)悪しきもの(習慣や感情)を「焼き捨てる」必要があり、
それをふまえて、火を熾し色々焼くのだ、というのとか。
まあ、後付けの理由でしょうね。
インドネシアの年越しは友だちや家族と、家や、時には郊外に借りた一軒家などに集まり、
めいめい花火をあげたり、おもちゃのトランペットを吹き鳴らしたり、賑やかなものです。
そんな場で、花火を眺めながらみんなでお喋りしながら、なにをする?でバーベキューだったんではないかと。
もともと、炭火で何かを焼くのはインドネシアの調理法として一般的ですし、
ちょっとしたピクニック先などでトウモロコシを食べるのも、これまた一般的です。
親和性の高さ、ということではないかなと思っています。
ところで、トウモロコシ。
インドネシア国内で、トウモロコシの消費が盛んな地域と言えば、東ヌサトゥンガラ州です。
オレンジ色のあたり。
生産量としては決して多くはないのですが、
乾燥した気候と地質のこの地域に合致した作物として浸透しています。
鏡味治也編『民族大国インドネシア』(2012年木犀社刊)の中に、西ティモールについての記述があります。
(西ティモール=地図右下の半分色がついている島がティモール島、その東部は「東ティモール」として独立)
西ティモールの人口の半分を占めるアトニ・メトと呼ばれる民族において、彼らの用いる倫理規範は、
「慣習に従うこと」と「トウモロコシに従うこと」なのだというのです。
トウモロコシの扱いを誤ってはならない、一粒たりともムダにしてはならない、というのです。
文中から抜粋すると、
「普遍的な世界史にしたがえば、トウモロコシは十七世紀にオランダによって西ティモールにもたらされた。以後急速に普及し、島の農業と食生活を四半世紀の間に大きく変えていったとされる。しかし村人たちは、トウモロコシは、彼らの歴史の始まりにおいて、すでに祖先とともにあったものだと語る。祖先がトウモロコシを食料とする以前の時代が想像され語られることはまずなく、歴史の始まりから今日まで連綿と受け継がれてきたことが強調される」
とあります。かくも浸透しているトウモロコシ。非常に興味深いなと思いました。
とはいえ、アトニ・メトのこの事例はやや極端な例ではありますが、
この東ヌサトゥンガラ州での食生活におけるトウモロコシの存在感は、やはり西ジャワ州とは異なります。
市場 Timor_East Nusa Tenggara, 2018 |
乾物として売られている中に、挽き割りトウモロコシや、白い薄皮をむいたトウモロコシ。
挽き割りトウモロコシ Timor_East Nusa Tenggara, 2018 |
挽き割りトウモロコシはご飯に混ぜて炊くのだと言われました。
白い薄皮をむいたトウモロコシは、以前記事にしたジャグン・ボセをつくるためのトウモロコシ。
肉質が異なり、こちらはもっちりした粘度の高めのトウモロコシです。
剥きトウモロコシ Timor_East Nusa Tenggara, 2018 |
食事としてのトウモロコシの他に、おやつとしてのトウモロコシ。
トウモロコシのおやつ Bandung_West Java, 2018 |
揚げトウモロコシ/Jagung Goreng (Marningと言われることも)と、潰しトウモロコシ/Jagung Titi。
揚げトウモロコシは、一旦茹でてから干し、味付けをしてから改めて揚げたもの。ボリボリとした食感です。
揚げトウモロコシ Bandung_West Java, 2018 |
潰しトウモロコシ、もしくはジャグン・ティティ(ティティ/Titi=潰す)はもう少し保存食的な印象。
皮を剥き、乾煎りをしてから熱いうちに一粒ずつ潰していきます。
それを天日で干し、しっかり乾燥させることで日持ちさせるのだそうです。
そのまま食べたり、揚げてスナックにしたり、コーンフレーク様に朝ごはんにミルクをかけてもいいと言います。
ジャグン・ティティ Bandung_West Java, 2018 |
これはピーナッツも入っていますね。
ジャグン・ティティは、フローレス島の東部から以東の島々で特に好まれるそうです。
夕方、コーヒーを飲みつつジャグン・ティティをぽりぽり食べる、というのが定番なのだとか。
2018年6月まで二度に渡り任期を努めた東ヌサトゥンガラ州知事は、フローレスの東に位置するアドナラ島出身。
会談の場や、中央政府からの役人、大臣、はては大統領を迎えるような場でも、
常に「自分たちの原点として」ジャグン・ティティを忘れずに用意させたのだと聞きます。
このジャグン・ティティをカリっと揚げたスナックは、ウンピン・ジャグン/Emping Jagungと呼ばれ、
パリパリと香ばしいコーンスナックという感じで、手が止まらなくなります。
ウンピン・ジャグン Bandung_West Java, 2018 |
それからもうひとつ。
トウモロコシ Bandung_West Java, 2018 |
油と塩で乾かしたトウモロコシを炒って作る、あれ。
ポップコーン Bandung_West Java, 2018 |
ポップコーン。
ジャワでは、ポップコーンと言えば、映画館。もしくは袋入りのスナック菓子という感じですが、
東ヌサトゥンガラでは、もっと家庭的な立ち居位置。
島の漁村にお邪魔した時、そこの村長さんの奥さんがおやつに作って出してくれたりしました。
ここ西ジャワ州バンドンから少し行ったところに、野菜栽培が盛んな高原の町レンバンがあります。
そのレンバン産のトウモロコシがこの辺りではよく流通するのですが、
基本的にスイートコーン。中には、生で食べても十分甘くてジューシーという品種も。
トウモロコシを食べるシーンとしてはあくまで「ピクニック」で。
日常の中では、せいぜいがスープの具という程度でしょうか
甘さは抑えてもちっとした東のトウモロコシとは品種も、その立ち位置も異なります。
ということで、トウモロコシ徒然。
わたしは今朝のうちに買ってきていたのですが、昼前にうちに来たメイドさんからもまたごそっと。
トウモロコシ Bandung_West Java, 2018 |
例の、触れ込みにきていた農家から沢山買ったのだとお裾分けしてくれたのでした。
ということで、うちには今、十本のトウモロコシがありますよ。食べなくちゃ。
トウモロコシ Bandung_West Java, 2018 |
あちこちから上がる花火の音と、近所の子どもたちがならすトランペットの音を聞きながら、
今夜は焼きトウモロコシを食べるのです。
ということで、みなさま、よいお年を。