2024/07/31

パプアの食卓⑥:低地のパプアのサゴ食

サゴ椰子 Berap_Papua, 2024

山のパプアを後にして、低地のパプアに戻ります。
低地のパプアの食と切り離せないのは、椰子の一種のサゴ/Saguの幹から採取される澱粉。
サゴについては以前、バンガイ諸島の食卓でも書いているので、そちらもご参考いただきながら。

サゴ椰子は低地の湿地に生える植物であるため、その澱粉の使用はパプアの中でも低地の民のもの。
山のパプアの食卓には、サゴ椰子は基本的に登場しません。
一方、低地のパプアでは、サゴ澱粉はずっと、暮らしを支える主食として食べられてきたものでした。

パペダ Jayapura_Papua, 2024

というか、今でこそサゴ澱粉を主食とする文化はパプアから北マルク、一部スラウェシで見られる程度ですが、
もともとは、インドネシア全土、というか、インドネシアという国ができるより遥はるかはーるーかー以前から、
東南アジア島嶼部で広く食されていたものだと言われています。
確認されている一番古いものでは、5万年前。
マレーシアのサラワクにあるニアの洞窟で、先史時代のサゴ消費の形跡が確認されたそうです。

この地域に、稲作文化がオーストロネシア系の人々によって稲作が持ち込まれたのは4000〜4500年前とされていますので、
お米が入ってくるより前に、ずっと人々と共にあったものが、サゴ椰子だったのでしょうね。
その名残は、「ごはん」を表す単語がジャワ語でSega/Segoであったり、スンダ語ではSanguであったり、というところからも伺えます。

パペダ Jayapura_Papua, 2024

また、現在各地にある「もちっ」とした食感のものや「どろっ」とした食感のものは、
タピオカ澱粉で代用されたものがすっかり定着していますが、元はやはりサゴ椰子澱粉を使ったものだったのだそう。
パレンバン/Palembangのペンぺ/Pempekなどもそうですし、
西カリマンタンのシンカワン/Singkawangには、ブブル・グンティン/Bubur Guntingという、
タピオカ澱粉のとろみをつかった、温かくて甘い緑豆の入った葛湯のようなものがあるのですが、
思えばあれは、甘くてゆるいパペダ(澱粉を熱湯で練ったのり状のもの)であったと言える!と気付いたりします。

ブブル・グンティン Singkawang_West Kalimantan, 2018

東部インドネシア以外で、現在もサゴ澱粉を主食に用いている地域はわずかで、
スマトラ西部のあるメンタワイ/Mentawai諸島の先住民族であったり、カリマンタン内陸の先住民プアン/Puanなどに見られる程度。
それらの地域でも、現在は米食が主流化していますし、インドネシア東部でもサゴ澱粉は米に押されがちです。
現在のサゴ澱粉食地域は、古代から続いた食材の最後の砦のようにも思えます。

まあ、米食サゴ食を考えていくと色々問題が見えてきて「むー」となるのですが、それはまたいずれの折に。

ジャヤプラから3時間ほど行った村で、サゴ澱粉を採るところを見せてもらい、料理をしてもらいました。

サゴ椰子 Berap_Papua, 2024

青くきれいな水が流れる村。
流れの中に生えているのが、サゴ椰子。大きく育って、花軸が出てきた頃が採りどきだそう。

サゴの幹を削る Berap_Papua, 2024

サゴの幹を削る Berap_Papua, 2024

倒した幹を頃合いの大きさに切り、その内側の部分を粉砕していきます。
以前はこれも手作業だったそうですが、今はこういう歯のついた機材で一気にやってしまうのが主流。

サゴ澱粉採取 Berap_Papua, 2024

サゴ澱粉採取 Berap_Papua, 2024

幹を粉砕している間に、水辺では澱粉採取の準備を開始。
サゴの葉軸の根本部分を活用した道具なのがいいですね。

サゴ澱粉採取 Berap_Papua, 2024

サゴ澱粉採取 Berap_Papua, 2024

サゴ澱粉採取 Berap_Papua, 2024

葉軸の一番太い部分に、濾すための目の粗い布を当てておき、
粉砕した幹の繊維に川の水を注いで揉み込み、澱粉を含んだ水だけが下に流れるという仕掛け。
流れた先はより目の細かい布で、水気だけを流して澱粉質を残します。

この揉み込む作業、やらせてもらいましたがなかなか力のいる重労働です。

サゴ澱粉採取 Berap_Papua, 2024

サゴ澱粉採取 Berap_Papua, 2024

この地域のサゴ澱粉、赤いんです。
これまで見てきたのは、灰色っぽい白がほとんどだったのですが、
この村のママ曰く、新鮮なうちは赤く、2-3日して鮮度が落ちてくると白っぽくなるのだそう。
とはいえ、別のところでは、採取したその瞬間から白かったりもします。
サゴ澱粉に詳しい友人に聞いたところ、
赤いサゴ、白いサゴ、という区別があるというのは以前から耳にしているが、明確な差異は見つけられていない、
ポリフェノールを含んでいるので、その反応で赤くなっているのではないか、とのことでした。
別の村で聞いた時には、木の部位が違うんだという意見もありましたが、
まあおそらく、サゴの種類の違いなのではないかなと思います。

サゴ澱粉 Berap_Papua, 2024

ということで、水気の切れたサゴの澱粉です。
これを買って、調理してもらいます。

キッチン Berap_Papua, 2024

サゴ澱粉 Berap_Papua, 2024

ホームステイさせていただいたおうちのキッチン、広々で気持ちがいい。

サゴ澱粉の一部を、まずは篩で細かにして、陽に当てて乾かします。

サゴ澱粉 Berap_Papua, 2024

サゴ澱粉 Berap_Papua, 2024

この作業はわたしでもできるので、わたしが担当。
その間、ママはおかず作り。

クア・クニンを作る Berap_Papua, 2024

クア・クニンを作る Berap_Papua, 2024

クア・クニンを作る Berap_Papua, 2024

クア・クニン/Kuah Kuningと呼ばれる、パペダに合わせるのに一番ポピュラーな魚のスープ。
ターメリックで黄色く色づくので、クニン(=黄色)なクア(=スープ)なんです。

本当は、村の小さな朝市で獲れたての立派な淡水魚を見て、それでクア・クニンを作ろうと思ってたんです。
でも、金額を聞いて「んー」とか考えるふりをしている隙に、他の人にパッと買われてしまって(1匹しかなかった)。
なので、これは、その後に行商のおじさんが売りにきた海の魚(鰹)(海からもそれほど遠くないんです)。
いやー、あのお客さん、早かったー、笑。

スープと一緒に、シダの葉とバナナの花の炒め物も。

シダの葉 Berap_Papua, 2024

バナナの花 Berap_Papua, 2024

魚にしろ、シダやバナナの花にしろ、サゴにしろ、身近でに手に入る食材で日々の食卓が賄われているのが、
なんとも素晴らしいことだと思います。

ブンブ Berap_Papua, 2024

ママ Berap_Papua, 2024

使われるブンブはシンプル。
炒め物には、ニンニクとシャロット、スパイスはコリアンダーシードとクミンシードとホワイトペッパー。
クア・クニンは、ニンニクとシャロットとターメリックとガランガル、ハーブでレモングラスとサラムリーフ。
唐辛子をほとんど使わなかったのが、インドネシアの中では珍しくて印象に残りました。

で、おかずができたので、パペダを作ります。

パペダを作る Berap_Papua, 2024

まず、サゴ澱粉(篩にかけて干してたのではなく)を適量とって、水を加えます。
澱粉なので溶けはしないのですが、まずは均一に水と混ぜてから濾し器を通し、異物を取り除いておくのです。
その後、澱粉質が沈澱するまで待って上澄みを捨て、熱湯を注いで練ります。

パペダを作る Berap_Papua, 2024

パペダを作る Berap_Papua, 2024

ちょっと透明感が出たら、お湯はもう十分なので、勢いよくぐるぐると混ぜます。
これ、自宅でやったんですが、大量の糊(しかも粘度高い方がよい)を練るようなものなので、すごく大変です。

パペダを作る Berap_Papua, 2024

練り上がり。

おかず Berap_Papua, 2024

おかずも揃って。

パペダを食べる時は、スープを先にお皿に入れるのがコツです。
そうしないとパペダがお皿にくっついてしまうので。

このパペダ専用フォーク(買って来ればよかったと後悔しています)を使ってぐるぐるっと巻き上げてスープにぽとん。

パペダ Berap_Papua, 2024

パペダ Berap_Papua, 2024

とても美味しい。しあわせ。

タピオカの澱粉を使っても、パペダは作れるのですが「伸びが悪いんだ」とお父さんは言いました。
やっぱりサゴの澱粉で作るのが美味しいんでしょうね。わたしは何度もおかわりをしてしまいました。
でも、ママの4人の子供たちは「お米の方が好き」と言ってパペダを食べません。
米は確かに美味しいのだけど、パプアの土地は稲作に向かないので、基本的に島外から輸入しなくてはいけません。
自作できないものを主食とし依存するという事態は、国家が米食を推奨した結果でもあるのですが、
この、将来の食糧危機が懸念されている時代に、そこに策を打とうと思わないのか、と疑問にも思います。

さて、お日様に干していた方のサゴ澱粉。

この後、すっかりお腹いっぱいになってしまったわたしたちは、ごろごろしたりおしゃべりしたり、
干してた澱粉のことをすっかり忘れてしまいました。

思い出したのは夕方。ちょっと乾きすぎた。
とりあえず、ココナッツの果肉を削ったものを、うっすら茶色くなるまで乾炒りします。

ココナッツ Berap_Papua, 2024

炒っているところに、砂糖適量とバニラを少々。
冷めたら、乾かした澱粉と混ぜ、型に入れて焼きます。サグ・バカール/Sagu Bakar=焼きサゴ、です。

サグ・バカール Berap_Papua, 2024

サゴが乾きすぎてたから、ココナッツはもうちょっとしっとりで止めてよかったかも、とか言いながら。
油などを敷くことはなく、加熱したことで出てくる湿気でサゴの澱粉質がかたまり、パンケーキみたいになるんです。

サグ・バカール Berap_Papua, 2024

サグ・バカール Berap_Papua, 2024

ママは子供たちの好みに合わせて、チョコを入れてあげています。
これはどちらかというと朝ごはんアイテムで、甘いコーヒーやお茶と一緒にいただくのです。

サゴ澱粉の採取は、ジャヤプラ近くのセンタ二/Sentani湖にある、ヨボイ/Yoboiという集落でも見せてもらいました。

センタニ湖 Jayapura_Papua, 2024

ヨボイ集落 Jayapura_Papua, 2024

サゴ林 Jayapura_Papua, 2024

水上集落の背後に、たっぷりのサゴ林。
ここの一帯だけで、22種類のサゴがあるのだと言うのですから、驚きです。サゴ・ダイバーシティ。

村と同様に粉砕機を使い、村よりも広めに溜池を作って澱粉を沈澱させていました。
ちょうど回収してしまったところだったので、溜まっている状態では見られなかったのですが。
ちなみに、ここの澱粉は赤ではなくて、灰色がかかった白

サゴ粉砕機 Jayapura_Papua, 2024

サゴ澱粉 Jayapura_Papua, 2024

サゴ澱粉採集 Jayapura_Papua, 2024

粉砕し澱粉をもみ出した後のカスは、肥料としても使えるし、置いておくとそこに美味しいキノコが生えるのだそう。
食べてみたかった。

村の作業場では、サゴの幹はそのまま適当な長さに切って縦割りにし、粉砕機に内側を当てて外皮を残すやり方をしていましたが、
この集落では、サゴの外皮を、長いままで先に剥がしていました。
それをサゴ林の奥で幹を倒した場所と、澱粉採取作業をする水場をつなぐ足場として使っています。

サゴの幹 Jayapura_Papua, 2024

サゴの外皮による足場 Jayapura_Papua, 2024

集落の人曰く、サゴの木は捨てるところがないのだそうです。

サゴの外皮による集落の橋 Jayapura_Papua, 2024

幹からは澱粉が取れ、搾りかすは肥料にしたり、キノコが採れたり、外皮は足場や橋として、葉は家の屋根として、葉軸の太い所は重ねて家の壁として、そして、木の先端部分は数ヶ月放置すればたくさんのウラット・サグ/Ulat Saguが獲れる。

ウラット・サグというのは、サゴの木の幹の中で育つ白い幼虫です。以前、カリマンタンの森でも食べました。
パプアの人たちにとっては大事なタンパク源の一つであり、みんなの大好物。パプアを象徴する伝統食です。

今回は食べる機会はなかったのですが、
この集落の家に、たくさんのウラット・サグが収穫できた様子を描いた絵がありました。

ウラット・サグ Jayapura_Papua, 2024

この集落のあるセンタニ湖ではたくさんの魚が穫れ、湖畔にはサゴ林が繁り、森には果樹やシダ類が豊富で、
狩漁採集の暮らしの豊かさを思ったりしました。

食を通してだけでも、なんだかいろんなことを考えさせられたパプアの旅、お付き合いありがとうございました。
伝統食を侵食する米食のことを考えてたら、なんだか逆に米が気になり出したので、
今年はもう一回くらい、米の旅に行けたらいいなあ、と思ったり。

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