2022/09/14

森のバター(西カリマンタン)

テンカワン・オイル Lanjak_West Kalimantan, 2022

フードコンテストで調理中だったダヤックチームの食材に、棒状の油を見つけました。
手触り食感はまさにバター。森のバターです(アボカドではなく)。

このコンテストに先立って、地域の子供たちを対象にした食のワークショップが行われました。
その中で、カリマンタンの森でとれる油はなに?というクイズがありました。
まさかここで「サウィッ(オイル・パーム)」とは答えさせないだろうなと思いつつ、答えを待っていたら、
そして子供たち、特に村に住む子供たちは、なかなか答えられなかったのですが、
テンカワン・オイル/Minyak Tengkawangという聴きなれない名前が飛び出したのでした。
それが、この森のバターの正体。

テンカワンの実 Lanjak_West Kalimantan, 2022

森に生えるテンカワンという木の実の中身を圧搾してとる油で、
体温でとろけるこのバターは、昔からダヤックの人たちの間では調理用油として使われていたのだそうです。
(ダヤックの人たちはあまり油は使わないというのはその通りではあるのですが、まあ、時には)

以下、ざっと、聞いた話し。

テンカワンは13種類くらいある木で、カリマンタン、特に西カリマンタンに多く自生している。
スマトラにも2種くらいあったはず。
川沿いに生えることが多く、動物も魚もこの木の実が大好き。
水中に落下した実を魚が食し、その良質の油を接種した魚は脂ののりがよく美味しくなる。
ダヤックの人々の暮らしに根ざした木で、
畑で種を蒔くタイミングの目安として、テンカワンとリンクさせた時期表現がかつては使われていた。
捨てるところのない有用な樹木で、建材として優秀であったり、葉は染料になったりした。
1970〜80年代まではボゴール農科大学も定期的にリサーチを行い、その活用方法を探っていたが、
オイル・パームの栽培が普及して以降、そのリサーチも無くなった。
やや独特のにおいがある油で、収穫後に一度茹で、それを乾燥した後で圧搾することで改善、
食用の他にもコスメとしても使えるということで、現在商品を本格販売に向けて準備中。
インドネシアに医薬食品監督庁に登録申請も行っているが、認可にはもうしばらくかかりそう。
行政側の認定基準はパームオイルに基づいていて、もちろんパームと同じ用途はカバーできるが、
より栄養価も高いオイルとして、別途指標を設けて欲しいところ。

と。
なるほど。

テンカワン・オイル使用の商品 Lanjak_West Kalimantan, 2022

戻ってきてから調べました。テンカワンって、フタバガキだったんです。

ちょっと引用(『熱帯多雨林の植物誌 東南アジアの森のめぐみ』W・ヴィーヴァーズ-カーター、1986年、平凡社)
「マレーシアや大スンダ列島の低地多雨林は世界でもっとも背の高い多雨林だが、その特徴となっている高さをつくりだしているのがフタバガキ科の樹木である。根元は巨大で、しばしば板根をもち、枝を落としながら生育するので枝のでていない太い幹がはるか視界のかなたまで伸び、その上に特徴のあるカリフラワーのような形の樹冠を広げている。申し分のない形状と、材質がかたくてしかも軽く、大半の種のものは水に浮くということを結びつければ、なぜフタバガキ科の樹木が伐採人や材木商人にとっては理想に近い木なのか容易にわかるし、それゆえに評価がたいそう高いということもすぐに理解できる」

自分の中で繋がった感。

フタバガキは、東南アジアの森林の話題ではよく出てきます。
カリマンタンでは13種と言われましたが(その数字はまた何かしらの基準に基づいてのものなのでしょうが)、
実際にはもっと種類は多く、東南アジアも全域に分布しています。
樹液がバティックの蝋引きに使われたりもして、なにかと馴染みのある木。
木材は、いわゆるラワン材と呼ばれる南洋材で、使いでのある材としてよく売れるのだそう。
カリマンタン/ボルネオで森林を切り拓いてオイル・パーム畑にする際に、
まずそこで伐採した木材を売ってしまう訳ですが、その中でも換金制の高かったのがフタバガキと聞きます。

パーム畑だらけになり、森が減り、村の台所でも料理に使われるのがパームオイルになった今、
子供たちにはほとんど馴染みのない存在になってしまったわけですね。

テンカワン・オイル Lanjak_West Kalimantan, 2022

こうやって竹筒に入れられているんです、かわいいですよね。

このテンカワン・オイルを使った製品開発をしているひとたちは、
伝統的でありかつ成分的にもとても優れているテンカワンをもっと認知してもらおうと努めています。
すでにその数を減らしてしまっている植物であるわけですし、
今から植えて、実をつけるようになるのには数十年、その後も結実は数年単位で間があくというフタバガキ、
パームオイルに取って代わる存在にはなれないと思うのですが(パームは敵としては巨大すぎます)、
長く使われてきたものが消えないために、という努力としてとても大事なことだと思います。
また、少なくとも一部地域にとって、このテンカワン・オイルが現金収入の手段となればいいのにな、とも。

テンカワン・オイル Lanjak_West Kalimantan, 2022

今回の旅は、森の豊かさを実感する旅ではあったのですが、
一方でその森の側で暮らす村の人は「ここの暮らしは大変よ」と言います。それも事実。
日々の食を賄うに十分な豊かな森ではあっても、
人は「日々の食」以上のものを求めるわけで、それが現代社会の「豊かさ」でもあるんですよね。
その結果が、拡大するパーム畑でもある。
パームは絶対悪かというと、まあ善とは言い難いまでも、ひとつの手段であることは事実だと思います。
ただ、むやみやたらと森を切り開くのも違う、と認識しているのが今の時代であり、
そのあたりをどう采配するのか、若い知事でもあるカプアス・フルの行政には期待するのですが。
子供たちのワークショップの開会の際にスピーチをした村長さん(この方も若かった)が、
「伝統を守ることはとても大事だが、伝統を守ることはプリミティブな暮らしに戻るという意味ではない」
とおっしゃっていて、横でまったくその通りだよなあと思いました。
都会に暮らす人が「伝統を守る」と言うのと、
消え行きつつもその伝統的暮らしに身を置き続けている人たちにとっての「伝統を守る」は意味合いが違う。
なんてことも、徒然に考えていました。

そんな村での「現金収入」といえば、これも。

クラトムの葉 Lanjak_West Kalimantan, 2022

クラトムの葉/Daun Kratom。
道端や家家の軒先、庭などにやたらと干されていたんです、この葉っぱ。
聞けば、鎮痛効果だったりいろんな薬効があって、伝統薬として親しまれているんだそうです。
「でも、イリーガル」と言われて「え、ええ??」ってなったけど、汗。

クラトムの葉 Lanjak_West Kalimantan, 2022

調べてみたら、日本ではアヘンボクという別称もある植物らしく、薬物指定されているようです、汗x2。
インドネシアでも、モルヒネ以上の作用があるとか言われて注意喚起が出されていました。

土地のひとたちは体力つけるためとか、頭痛の時とかに普通に飲むよ、と言うのですが。
この写真を撮らせてくれたお家のお母さんは、
ずっと高血圧で悩まされていて、でも薬は飲みたくないからとクラトムを水で溶いて飲んでいたのだそう。
今はすっかりいいのよ、と笑っていました。

湖のほとりの村なので、雨季で水位が上がると家の床下(時には床上)まで水に浸ることもある地域。
そんな土地の庭に、長期間水に使っていても問題ないというこのクラトムは、適した作物なのでしょうね。

クラトムの木 Lanjak_West Kalimantan, 2022

そんなクラトムがこのコロナ禍で、なんとなくコロナに効く的な言われ方をして需要も増して、
(インドネシアの人たちは「薬」をあまり好まない傾向があり、ハーバルな選択肢があればそちらを選びがち)
村のひとたちも、自分たちで消費する以上の量を用意するようになったのだと思われます。
そういう意味での、現金収入。
彼らが伝統的に摂取している量と方法であれば、彼らが言うような効果があるのでしょうが、
容量を間違えたり、別の意図で使用されたりすることがあると危険なのだろうな、と思います。

あともう一つ、アラス/Arasの葉。の粉。
アラスという葉を乾かして粉砕したものをボトルに詰めて売っているのですが、
これは、ダヤックのひとたちが昔から石鹸のようにして体を洗うのに使っていたものなのだそうです。
「森から帰ってきて、なんか痒かったりすることあるじゃない?あれが消えるの」と言われました。
日常的に森から帰ってくるような暮らしではないのでよくわからないのですが、でも1本買ってきました。

アラスの葉 Lanjak_West Kalimantan, 2022

葉っぱのにおいのするスクラブ、みたいな。
アラス効果なのかスクラブ効果なのかわからないですが、すべっとした洗い上がりです。

ということで、西カリマンタン内陸の旅でした。
異文化ってこういうことだー、と実感した日々でした。
これまでカリマンタンって、インドネシアの他の地域と比べてどうにも縁遠い感じがあったのですが、
これを機会に、少しずつ知っていければいいなと思っています。