2024/07/12

パプアの食卓④:山の塩

塩を採る Baliem_Papua, 2024

海から遠く離れた内陸高地パプアで、かつての人々はどうやって塩を手に入れていたのか。
(今は、普通にお店で市販の塩が買えます、もちろん)。

芋も野菜もバナナもサトウキビも、豊かに育つ高地のバリエム渓谷。
暮らしやすい土地であっため、かつて人々はここに定住し生活を築いたわけですが、海は遠いです。
直線距離で一番近い南岸でも180数キロ、そして間には4,000m級の山脈。
北岸へと向かえば、さらに遠くて直線でも240キロ以上。
でも、塩がなくては人って生きていけませんよね。

ヒマラヤに岩塩があるように、パプアのバリエム渓谷には塩の泉がありました。
地球すごい。

ということで、塩の泉まで行って来ました。

泉へ向かう Baliem_Papua, 2024

村で、若いバナナの芽を用意して。

泉へ向かう Baliem_Papua, 2024

この真っ直ぐ行った森の中を登っていきます。高低差300mくらいのところを、1時間半くらいかけて。

泉へ向かう Baliem_Papua, 2024

一人だったら絶対迷いそうな、でも、確かに言われてみれば「道」な道。

標高は高く涼しい地域ではありますが、赤道直下の熱帯の森であることには変わりなく、
湿気と、ぬかるみすべりがちな足元と、強い日差しの中をひたすら登っていくのはなかなか大変。
しかもここの人たち、直線で登るんですよ。左右に蛇行とかせず、真っ直ぐ目的地を目指す。ひー。

泉へ向かう Baliem_Papua, 2024

わたしが「ひー」とか言って一休みしていたら、やはりバナナの芽を担いだ別の一行が抜いていきました。
地元の人たちなら、わたしが1時間半かけた行程も、1時間足らずで行けてしまうそうですよ。

ようやく辿り着いた泉は、幅3mほどの、水溜まりにも見えるような場所。

塩水の泉 Baliem_Papua, 2024

深さも膝下くらいまでで、濁った水が静かに溜まっている感じ。
でも、これが塩の泉。

追い抜いて行った一行が「飲んでみろ」と言うので、掬って口に入れてみました。
海水よりもずっと濃度の高い塩水。しかも、なかなかに良いお味。
「美味しい!」と言うと、みんなとても誇らしげな顔になりました。

で、どうやって塩を「採る」のか。
運んできたバナナの芽の出番です。

バナナの茎をしごく Baliem_Papua, 2024

まずは、茎の部分をヘラ状にした木の枝でしごき、バナナの水分を抜いていきます。
ぎゅうぎゅうと力を入れてしごくと、下の切り口からはバナナのアクを含んだ灰色の水分が。
一枚一枚剥がしながら、ぎゅうぎゅう。ぎゅうぎゅう。

次にそれを泉に放り込み、今度は塩水の中で揉み込みます。
揉んでは水の中に放置し、再び絞るようにして揉んで、また放置し。それを何度も繰り返します。

バナナを絞る Baliem_Papua, 2024

塩気に触れると植物から水分が抜けていくわけで、
絞って揉む作業を繰り返すことで、アクを含んだバナナ自体の水分は抜け、
代わりに、たっぷり塩水を吸わせることができるようになるのです。

バナナはこの一帯でかなり早くから栽培されていた、とても繊維の強い植物。
そして、木ではなく草なので、水分を抜く作業もさほど難しくはないんですよね。

放置中 Baliem_Papua, 2024

絞り中 Baliem_Papua, 2024

ただ、バナナの芽の、真ん中の部分。ここは、柔らか過ぎてこのプロセスには耐えられません。
どうするか。

バナナの芯 Baliem_Papua, 2024

塩水の中で、手でパキパキと砕いていくんですね。
ぴらんと一枚ついていた葉を、船のように浮かべてその上で。
砕いたら、散らないように気をつけながら塩水と合わせて、優しく揉んで、放置して、を繰り返します。

バナナの芯 Baliem_Papua, 2024

バナナの芯 Baliem_Papua, 2024

で、頃合いになったら、葉っぱでくるくるっと巻いてできあがり。水にぷかんと浮かせておきます。

が、我々は、それを回収。

バナナの芯 Baliem_Papua, 2024

これは、スナック的なおやつなのです。
塩もみですからね、美味しいに決まっています。
シャキシャキとしたバナナの芯の歯ごたえと、まるんとしながらもしっかりとした塩気。
お土産として持ち帰るために包んだのでしょうが、結局一瞬で食べてしまいました。
思い出して、今また食べたいくらい。

この作業、今はこうやって若いバナナの芽を使っていますが、
昔は、もっともっと太い幹のものを何本も担いで(厳密には頭から背後に垂らした袋に入れて)やって来て、
大量に漬け込んだのだと言います。

本来のやり方としては、こうしてバナナのアクを抜いて、繊維に十分に塩水を含ませたら、
しばらくその場で、持ち帰ることができるくらいまで乾かし、
集落に持ち帰った後、木の皮などでしっかりと包んで丸木のようにしてから炭状になるまで燃やし、
その灰をほぐして「塩」として使用していたのだそうです。

この小さな泉が、かつてはこの谷一体の塩をまかなっていたと言います。
バナナの繊維を担いで帰路についた人々は、道道の別の集落の人たちに迎えられ、
(出発時に「あ、あの人たち塩取りに行く」と気づいて待っていたのでしょうね)
そこに立ち寄っては飲み食いをして、交流をしていたのだとか。
さっきの、葉っぱに包んだ芯の部分は、そういう時に渡すお土産のようなものにもなったのかもしれません。

昔からずっと、枯れずに、真水の水流と混ざったりすることもなく、ずっと塩分を維持し続けてきた泉。

漬け込み中 Baliem_Papua, 2024

この一帯で、塩が貴重なものだった名残なのでしょうか、
集落に限らず、例えばホテルのレストランで出される料理の味付けなども、
インドネシアの他の地域と比べて、塩味がとてもマイルドな印象を受けました。

途中でわたしたちを追い抜いて行った一行は、バナナの芽だけでなく、ポリタンクや水筒も持参していました。
持ち帰った水は、そのまま料理の味付けに使うのはもちろん、
お腹が下っている時に飲ませて、お腹の中の毒素を全部流し出すとか、
傷があればこの水に浸して治すとか、いろんな使い方があるのだそうです。

水筒に入れた塩水は「帰り道はこれを飲みながら行く」のだと言いました。
わたしの感覚では、海水より濃いような塩水をそんなに飲むなんて危ない気がしてしまうのですが、
彼らは、ここの泉の水に絶対的な信頼を置いているようです。
「市販の塩よりずっといい」のだと言います。

塩を採る Baliem_Papua, 2024

かくもスペシャルな、山の塩。
その採取の過程が見られたのはとても面白かったです。山登りも気持ちよかったし。

次回は、山のパプアからもうひとつスペシャルな食べ物「ブア・メラ」について。


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