2021/05/17

ケチャップ/Kecap - 2

ケチャップ Jakarta_2019

ということで、インドネシアのソイソース、ケチャップについて、再び。
このブログを始めて間もない頃に、一度ケチャップについて書いているので、まずはそちら(→)をどうぞ。
 
ケチャップって、ご当地ものがすごく多いんです。
もちろん、大手がどかんと市場を大半を持っていってはいるのですが、
それでも、各地に世代を超えて続く家内制手工業的なケチャップメーカーがあり、地元の人に愛されている。
ケチャップ・ファナティックなひともいたりする。
となると、やはり、ケチャップってそんなに違うものなの?という疑問が生じます。

ので、味比べ。そう、今回はテイスティングです。

ケチャップ Bandung_West Java, 2021

続くコロナ禍でどこにも行けず、おうちにお邪魔してキッチンを覗かせてもらうなんてあり得ない状況で、
自宅にいながらにしてできること、ということで各地のケチャップを取り寄せたのでした。
ケチャップ・マニスをメインにして、10種類。せっかくなのでケチャップ・アシンも6種類。
選抜基準は:
・評判がいいもの
・歴史が古いもの
・手頃なサイズのボトルで販売しているもの
3つ目は、現実的な理由で。
試してみたかったメーカーは他にもあったのですが、大瓶でしか販売していないとか、多いんです。
もちろんできるのなら、大瓶で揃えたかったのですが、
(ケチャップ・コレクター(っているんですよ)も大瓶で揃えるのが基本、ラベルがかわいいから)
その後、消費しなくちゃいけないことを考えるとやっぱり無理…という苦渋の決断です。

では、選手紹介。

まずは、ケチャップ・マニスの定番、バンゴ/Bango。

ケチャップ・バンゴ Bandung_West Java, 2021


ケチャップ・マニスという調味料を知ったその時から「美味しいのはバンゴ」と刷り込まれているので、
わたしの中で、ケチャップ・マニスの味の基準はバンゴ。家でも常備していたのはずっとバンゴでした。

西ジャワ州のスバン/Subangで生産されていますが、発祥はジャカルタのタナ・アバン/Tanah Abang。
ラベルには1928年とありますが、実際にはそれ以前から製造販売はしていたようです。
中国の福建省からの移民であったご主人と、中国系3世の奥さんが、ガレージで甕から販売していたケチャップ。
当初は中国で使われている、日本の醤油と同系統の塩味のソイソース、ケチャップ・アシンのみだったのを、
奥さんが、ジャワの人の舌に合わせたケチャップ・マニスの製造を勧めたのが始まりだとか。
ロゴのバンゴはコウノトリのこと。世界に羽ばたくケチャップになることを夢見て名付けたのだそうです。

着実に評価を得て伸びてきたバンゴ、1992年にユニリーバの傘下に入ったのがきっかけでその販路を一気に拡大。
現在、インドネシアのケチャップ・マニスの市場は、
このバンゴと、もう一社、大手食品メーカーABCブランドで65%が占められていると言われます。
ロゴに込められた願いが現実となって、世界に羽ばたいているバンゴ。
それなのに、あれこれアイテムを増やすことなく、ケチャップ一本でやっているところも好感が持てます。

ちなみに、ABC。
わたしはバンゴ派なのでABCにはあまり興味がないのですが(言っちゃった)(ご贔屓ってそうそうもの)、
ここは、ハインツ傘下にあり、チリソースやケチャップなども製造しているメーカーです。

ケチャップABC Bandung_West Java, 2021


今回のテイスティングの選手には入れていませんが、冷蔵庫にいつかのデリバリーについてきたのがあったので。
ABCのケチャップは、黒大豆ではなく黄大豆、パームシュガーではなくカラメル化した普通の白砂糖を使用、
そして、多くのメーカーが味の鍵として各社独自のブレンドを行うスパイスを一切使わないのが特徴。
でも、わたしバンゴ派なので。扱いに差をつけてごめんなさいね、ABC派のみなさん。

続いて、次の選手は、西ジャワ州タンゲラン/Tangerangで「伝説のケチャップ」と呼ばれている、SH。

ケチャップ・SH Bandung_West Java, 2021

ケチャップ・べンテン/Kecap Bentengの名でも親しまれているオレンジのラベル。
1920年創業と言われています。
SHとはSiong Hienの頭文字。
創業者のLo Tjit Siongの名に、中国語で「ブランド」を意味するHienをつけ(「標」かな?)、
つまりは「シオン・ブランド」という、まっすぐなネーミング。
そのレシピは書き記されたことはなく、このブランドを守るひとたちの手を通じて次世代に伝わってきた、
まさに秘伝のレシピなのだそうです。
どんな料理にも合うと言われるSHですが、焦げにくいという特徴が特に焼き物にちょうどいいと聞きます。

続いて、今回のラインナップの中ではいちばん古い、インドネシアの記録では2番目に古いと言われている、
オラン・ジュアル・サテ/Orang Jual Sateブランドのケチャップ。

ケチャップ・オラン・ジュアル・サテ Bandung_West Java, 2021

東ジャワ州のプロボリンゴ/Probolinggoのケチャップで、創業は1889年。
そもそもケチャップ・マニス自体がいつから製造され始めたのか、文書上の正確な記録というのは発見されておらず、
なので、根拠となりうるのが各社のラベルに書いてある創業年。
最も古いのはケチャップ・ベンテン/Kecap Benteng社の1882年だと言われています。

オラン・ジュアル・サテ=サテ売り、の名の通り、串焼きのサテに合う緩めの液状。
(創業当時はビンタン・ビダダリ/Bintang Bidadariという名前だったらしいです)
このチャップは友人に「美味しかった」と聞いて、先に買ってみてたんですよね。
サテだけでなく、どんな料理にも合わせやすい、確かに美味しいケチャップでした。

次は、中部ジャワ北岸の街、パティ/Patiの伝説のケチャップ、レレ/Lele・

ケチャップ・レレ Bandung_West Java, 2021

こちらは1954年創業。
周辺地域の多くのケチャップメーカーがこのブランドの元で学んだとも言われる、パイオニア的存在。
拠点となっているパティはケチャップのブランドが多く、
地元のひともローカルのブランドを好む傾向がとりわけ強いのだそうです。
なので、大手もなかなか入り込めない強固な土地柄なのだとか。
そんなパティで、口コミで評判が伝わり県外からも取り寄せられたり、お土産の定番となったりしているのが、
このレレブランドのケチャップなのだと言われます。
レレはナマズなんですが、ナマズは別に原料に含まれていません。
インドネシアの食品メーカー、特にケチャップ系って、こういう紛らわしいのが多い(笑)。

元々は、結構緩めな液状だったのだそうですが、
顧客であるソト屋たちからの要望で、より濃いものに改良していったのだそうです。
緩いとケチャップをたくさん使うことになるので、採算が合わなくなるということだとか。
このパティという街のすぐ近くにはスープで有名なクドゥス/Kudusという街があります。
以前記事にしたソトの旅でも立ち寄った街。
ソトを食べる時に、各自がテーブルにあるケチャップで好みの味に整える。
ケチャップとソトは、切っても切れない関係にあるのです。

選手紹介だけでだいぶ長くなりそうなので、あとはちょっと駆け足で。

まず、ジャワ島外からの参加者として、
北スマトラのメダン/Medanからハティ・アンサ/Hati Angsa、バンカ/Bangka島からシオン/Siong。

ケチャップ・ハティ・アンサ Bandung_West Java, 2021

ケチャップ・シオン Bandung_West Java, 2021

ケチャップ、特にケチャップ・マニスはジャワ島が圧倒的な中心地で、
ジャワ島外となるとそのブランドの数がぐんと減ってしまいます。
でも、せっかくだから、他の島の味も知りたいじゃないですか。
メダンもバンカ島もどちらも華人の多い地域なので、そいういう意味でケチャップが疎遠なはずはないのです。
ただ、どちらかと言えば、アシンの方が身近な存在かな、とは思います。

ハティ・アンサからはケチャップ・マニスとケチャップ・アシン両方を。
クンタル/Kental (濃)とエンチェル/Encer(薄)という表現なのが、独特です。
シオンも、マニスとアシン両方製造しているメーカーですが、今回はマニスだけ。

この2つのブランドは、原料に小麦を含んでいます。
これは、大豆を発酵させる際に麦麹を使うということみたいですね。
この2社以外だと、先のABCも麦麹(ラベルのデザインにも麦が)使用。台湾式のやり方だと言われています。

あと、この2つのブランドは、わたし的「チーム・ラベルがかわいい」でもあります。
アンサ(白鳥)は、もっと小さいプラボトルになるとハートの白鳥しかいないデザインになるので、
あえてちょっと大きめのボトルを選びました(なのに破けちゃってるのが届いて、泣きたい)。
シオンの象さんも、めちゃかわいい。しかもバラがあしらわれている。象とバラの組み合わせって、レア。

ケチャップ・シオン Bandung_West Java, 2021

あと、この二つのブランド、ジャカルタあたりのお粥屋さんでよく見かけるのも共通点です。
トップの写真も、ジャカルタのお粥屋さんで撮ったもの。

続いて、西ジャワは、バンドン/Bandung。わたしの地元。
バンドンも、ケチャップのブランドは結構あるのですが、選んだのはこの3つ。

ケチャップ Bandung_West Java, 2021

マニスにアングル/Anggurとサピ/Sapi、アシンはパパヤ/Papayaで。
ラベルのデザインで選んだことは否定しません。

同じ西ジャワのタンゲランのケチャップ・アシン、チュ・トゥン・ヒン/Cu Tung Hinは友人のおすすめ。

ケチャップ チュ・トゥン・ヒン Bandung_West Java, 2021

ダイヤモンドと金魚のラベル。ここまでしっかり漢字を表記しているブランドも珍しいです。
マレーシアやシンガポールなどにも輸出しているのだそう。

続いて中部ジャワからもう1ブランド、ロンボク・ガンダリア/Lombok Gandariaのマニスとアシン。

ロンボク・ガンダリア Bandung_West Java, 2021

先ほどのパティが中部ジャワの北岸代表だとしたら、こちらは内陸代表ということで。
ソロ/Soloが発祥の地ですが、近年徐々に全国区に進出してきているブランドです。
パッケージに唐辛子(=ロンボク)がありますが、唐辛子は配合されていません。

東ジャワからも、もう1社。これも内陸の街で、先のソロに結構近いマゲタン/Magetan発祥のサウィ/Sawi。

ケチャップ・サウィ Bandung_West Java, 2021

創業1935年のケチャップメーカー。
トマトケチャップなども販売していますが、スタートはこのケチャップから。
マニスとアシン両方揃えてみました。
サウィとは菜っ葉のような葉野菜のことですが、菜っ葉は配合されていません(もういい)。

で、最後。やっぱり入れておいてあげよう。キッコーマン。

キッコーマン Bandung_West Java, 2021

日本の醤油とはまた別物の、ケチャップ・アシン・オリエンタル。
これは、キッコーマンがアク/Akuというインドネシアのメーカーと組んで製造販売しているもの。
アクは決して古いメーカーではないのですが、
ケチャップやトマトケチャップなどのブランドとして、最近ファストフード店などでよく見かけます。

はあ。長かったですね。でも、あとは、味見するだけです。

まずは、マニスのチーム。

スマトラから順番にならべました(最後のサウィとサテは地理的には逆だけど、まあいい)。

ケチャップ ・マニス Bandung_West Java, 2021

①ハティ・アンサ:
色が濃厚で、塩の味が結構鋭く強い。後からカラメル味。
②シオン:
これも色が濃厚で、塩みが鋭い。カラメル味は①より若干弱めだけど、やや焦げの風味がある。
③SH:
色が薄くて明るい。濃度はしっかりとしたとろみ。
八角、シナモン、コリアンダーなど、配合されたスパイスの風味が特徴的で、ふんわりとした後香が続く。
④バンゴ:
くっきりとしたカラメルの風味とまろやかな甘味。スイーツに使ってもいいんじゃない、というくらいの風味。
⑤アングル:
粘度の高い、かなりとろりとした液状。五香粉のような風味が微かに残る。塩味も結構くっきり。
⑥サピ:
同郷の⑤に似るが、スパイスの香りも塩味もやや強め。
⑦レレ:
やや浅い色味。味はどことも全く違う。
スパイスとハーブの風味なのか、ウスターソースを思わせるような複雑な味わい。
⑧ロンボク・ガンダリア:
どちらかというと、ハーブ系の風味で、後味がフルーティー。
⑨オラン・ジュアル・サテ:
液状は一番緩い。カラメルの風味に心もち強めの塩気。
⑩サウィ:
濃いめの色味。八角が香り、やや苦味のある味。

ケチャップ・マニス Bandung_West Java, 2021

正直、10種類も揃えちゃって、味の違いわかんないんじゃないの?とか思いもしたのですが、
予想以上に、違います、みんな。ちょっと、びっくり。

メダン(スマトラ)とバンカのケチャップの塩味が強いというのは、
逆に言うと、ジャワの甘味に対する指向性の強さが現れているともとれます。
そもそも、元々は塩味ソイソースとして伝来したケチャップになぜ甘さが加わったのかというのは、
え、ここでその話し入れる?みたいな感もありますが、要はジャワ人の甘さを好む舌ゆえなんですよね。
以前、ジャワ料理について書いた中でも少し触れましたが、
オランダの植民地時代に中〜東ジャワで行われたサトウキビの強制作付けが、地域の食糧不足を招き、
ジャワ人たちが米に変わるエネルギー源としてサトウキビや椰子からの糖分を摂取するようになり、
結果的にジャワ人の味覚を、甘さを好むように変化させたという背景があり、
その甘味好みに合わせてケチャップが変化したというものが、腑に落ち感のある説ではないかと思っています。
なので、ケチャップ・マニスは主にジャワ島で多く生産消費され、
スラウェシのマカッサルなどではケチャップ・ジャワと呼ばれたりするに至るわけで、
ジャワ島外では、ここまで甘さに振り切ることがなかったのかもしれないな、と思います。

で、10種類味見をした、結論。
ベーシックに使い、料理にコクと深みを出すならオールマイティーなバンゴ、アングルあたり、
でも、ちょっと他にはない風味を求めるなら、SHかレレ。この二つは他に替えの効かない美味しさがあります。

では、お水を飲んで、舌をもどしてから、ケチャップ・アシンへ。6種類。

ケチャップ・アシン Bandung_West Java, 2021

①ハティ・アンサ:
だいぶ薄い色。原料に砂糖を含まず、かなりシャープな塩味。
②チュ・トゥン・ヒン:
色の濃さのわりに、味は比較的マイルド。塩気は控えめで、椰子糖由来のカラメル風味の甘さがある。
③パパヤ:
色はだいぶ薄い。原料に砂糖を含まず、かなりはっきりとした発酵味がある。魚醤を思わせるくらいの旨味。
④ロンボク・ガンダリア:
マイルドな発酵味に、塩気とカラメルの風味。甘味もある。
⑤サウィ:
椰子糖由来の甘味、配合されたニンニクやスパイスのいずれも突出することなく、バランスよくまとまっている。
⑥キッコーマン:
濃いめの色。とろりとした甘味はコーンシロップ由来。

ケチャップ・アシン Bandung_West Java, 2021

これまた、それぞれ結構個性が出ました。
ハティ・アンサは、マニスにしろアシンにしろ、お粥屋によくあるっていうのはなんか分かる気がしますね。
インドネシアのお粥は基本鶏粥(Bubur Ayam)で、出汁や味も結構しっかり目についているものなのです。
そこに加えるなら、出汁の風味や、胡椒やネギ葉セロリのようなハーブの風味を殺す旨味マシマシ系ではなく、
底上げ系の塩味だったりコクだったりなのだろうなという。

アシン6種類の中では、
料理で焦がし醤油的に使うと美味しそうなのは、チュ・トゥン・ヒン、
わたし好みでは、発酵旨味ぎゅうぎゅうなパパヤでナシゴレンとか作りたい感じです。

味比べ、面白かったです。
ケチャップ・ファナティックなひとたちがいるのも納得しました。これだけ違うんだもの。

ケチャップのパッケージって、No1って記載されがちなんですよね。

ケチャップ Bandung_West Java, 2021

レレにも大きくNo1ってありましたよね。
これは、もちろん「うちのが一番」っていう意味もあるのでしょうが、
それぞれが「唯一無二」であるという意味合いもあるんではないかなという気がしてきました。

本当はもっといろんなご当地ケチャップ(特にマニス)を取り寄せて比べてしたかったんです。
各地の「伝説のケチャップ」を競わせてみたい、みたいな。
でも、やる前から分かってたんですが、この大量の茶色い液体たちを、まずは頑張って消費してしまわなくては。

ケチャップ Bandung_West Java, 2021

うちの食卓、この先当分は、茶色い料理が並びそうです。

0 件のコメント:

コメントを投稿