2019/03/09

ペンペ/Pempek

パレンバンのペンペ Bandung_West Java, 2019

すっかりご無沙汰しておりました。半年振りに更新したのが去年の12月で、そして今は3月。
月日が経つのは、早いものですね。
とうことで、ペンペ/Pempekです。

実はインドネシア語での表記に幅があり、Pempek、Mpek-mpek、Empek-empek、いずれもありなようです。
Pempekをそのまま読めば「ペンペ」ですが、実際の音は「ンペンペ」に近いかなと思います。
今回は本場と言われているパレンバン/Palembangでの表記「ペンペ/Pempek」に合わせましょう。

パレンバン

ペンペとは、このパレンバンを含む南スマトラを中心に広く各地で親しまれている、魚のすり身の加工品。
いわゆる「フィッシュケーキ」ですね。
蒲鉾よりもずっとしっかりした歯ごたえで、揚げた外側のカリッと感ともちっとした食感の対比もよく、
たまにどうしようなく食べたくなったりする、ペンペ。
練り合せるタピオカ粉(澱粉)の割合によって、もっちり度が変わり、そこがどうやらこだわりどころ。

パレンバンのペンペ Bandung_West Java, 2019

インドネシアに"Aruna & Lidahnya" (Laksmi Pamuntjak, PT Gramedia Pustaka Utama 2014)という小説があり、
その中に、ペンペの起源についてのエピソードがあります。
ペンペの起源は17世紀のパレンバン、スルタン・ムハンマド・バダルディン2世の頃と言うのが通説ですが、
そのディテールにはいくつかのバージョンがあります。
主人公が出会った老人が「その中で最も有名な説は…」と語り出す下り。

"…男性は、ムシ川の川辺に暮らしていたという、65歳の華人男性について語り出した。だいたい1617年ごろのこと。その華人男性は、大量に捕れる魚と、それでいてその魚を十分に使い切れていない状況に苛立ちを感じていた。そこで台所での試作を開始。魚をなめらかにすり潰し、タピオカ粉を混ぜ合わせる。そしてそれを、同じ華人男性の友人たちに呼びかけ、自転車で売り歩くことにした。(中略)ただ、この話しにはいくつかの問題がある。まず、自転車がポルトガルとドイツで使われ始めたのは18世紀に入ってから。スルタン・ムハンマド・バダルディン2世が生まれたのは1767年。そして、一番重要なポイントは、原料のキャッサバが作物として栽培され始めたのは1810年ということだ

とはいえ、パレンバンの歴史研究家によると、
パレンバンにあったイスラム王国時代(1659〜1823)にその原型となるものは既に存在し、
王室において、長く保つことを意味する言葉に由来した「ケレサン/Kelesan」という名で呼ばれていたそう。
そしてその後のオランダ植民地時代には一般に向け販売されるようになり、広く普及していったのだとか。
こういう練り物は、バッソの例もあって、つい華人文化の流れにあるのではないかと思ってしまうのですが、
ペンペを作り始めたのは、パレンバンの土着の人々だったようです。
ただ、やはり商売は華人の得意とするところで、町で売り歩くのは華人たちと、分業していたのだそうです。
そして、華人男性への呼称として使われていた「Apek/Pek-pek」が、そのペンペ行商人を呼び止める際に使われ、
1900年代初頭くらいには、それまでの「ケレサン」ではなく、
その呼びかけに由来する「ペンペ」とう名称に変わっていったのだと言われています。

今やペンペは、パレンバン、南スマトラ、そしてジャワなど広く各地で愛されている食べ物ですが、
それでもやはり、パレンバンのペンペはひと味違います。
歯ごたえが、そのもっちりねちっとした歯ごたえが違うのです。
ぎゅうと噛みしめるようなしっかりとしたパレンバンのペンペは、さすがご本家という印象。

パレンバンのペンペ屋 Palembang_South Sumatra, 2019

そしてパレンバン人のペンペ愛もすごいです。もはや、アイデンティティと言っていいかもしれません。
街の至る所にペンペのレストランが、食堂が、屋台があり、
加えて市場では、バケツいっぱいのペンペを売り歩くひとがいるのです。とにかく、ペンペ。
先の小説に出てきた老人は、主人公に向かって、
「他の街には美味しいペンペがないからパレンバンから離れられない」と語っていたのでした。

原料となる魚は、以前はナイフフィッシュが主流だったようですが、その漁獲量が減少して値が上がるにつれて、
サワラ、もしくは、雷魚の一種が使われることが一般的となり、
他、ナマズなどを含む海水/淡水魚やエビなどが原料として使われているそうです。

すり身にした魚に、タピオカの澱粉、卵などを加えて練り合せ、形を整えてから茹で上げます。
そしてそれを、温め直したり、揚げたりしていただきます。

では、そのペンペのバリエーションを。

パレンバンのペンペ Bandung_West Java, 2019

オーソドックスなのは、プレーンで細長いレンジェル/Lenjerと言われるもの(手前)。
左上のはレンジェルを輪切りにしたものですね。
そして右上の平たい形のものは、皮を混ぜ込んだクリット/Kulit。香ばしさが魅力です。

小さいペンペ Palembang_South Sumatra, 2019

そして小さなものたち。
右上は卵入り(小)、右下はアダアン/Adaanと言われるプレーンの丸いもの。
左上はクリティン/Keritingと呼ばれる絞り出したもの。味は同じでも食感が変わるとまた印象が変わります。
そして左下はピステル/Pistelと呼ばれる、中に若いパパイヤが入っているタイプ。

ペンペ(ピステル) Palembang_South Sumatra, 2019

卵入りは、大きいものも。

ペンペ(カパル・セラム) Palembang_South Sumatra, 2019

ペンペ(カパル・セラム) Palembang_South Sumatra, 2019

これはカパル・セラム/Kapal Selamと呼ばれます。潜水艦という意味なんです。
何故か。
他のペンペに比べて大きく、かつ卵が入っているため、茹でる時に一旦沈むから、なんだそうです。

ペンペ Palembang_South Sumatra, 2019

 ちょっと目先が変わるのがこちら。

ペンペ(レンガン) Palembang_South Sumatra, 2019

上の写真でバナナの葉に入って焼かれているのが、レンガン/Lenggangと呼ばれるこちら。
ペンペのオムレツ、という感じで、使っているのはアヒルの卵。

ペンペ(トゥヌ) Palembang_South Sumatra, 2019

そして小さくて丸いのは焼きペンペ。トゥヌ/Tunuと呼ばれます。
これは、ペンペのタネを茹でずに丸めて炙ったもの。間に干しえびの粉とタレを合わせたものを挟みます。

チュコ Palembang_South Sumatra, 2019

タレ、というのはチュコ/Cukoと呼ばれるもの。お酢(インドネシア語でチュカ/Cuka)という意味です。
実際には、酢ではなくてタマリンドを使っていたり、色々なようです。
椰子糖や干しえびの粉末も加え、そして唐辛子を使ってしっかり辛さを出すのがパレンバン流。

テーブルにどどんとボトルでおかれているチュコ。
「チュコの旨い店のペンペは必ず旨い」とパレンバン人は言うのだそうです。
加えて、パレンバンの人たちは、ペンペを食べる時にチュコを「吸う」のだと言います。割と誇らし気に。
「吸う」とは。
チュコを小さな器に入れて、ペンペをひと口かじり、その器のチュコの香りを嗅ぎ(吸う)、そして飲む。
「飲む」んだそうです。

かなり、かなり、味が濃いんですけどね、チュコ。
ジャワで食べるペンペのチュコより更に味が濃いのがパレンバンのチュコ。
健康のためには、飲まない方がよくない…?と、ちょっと思いました(笑)。

ペンペ Jakarta, 2017

こちらは、以前ジャカルタで食べたペンペ。タレも(比較的)薄め(でも飲まないです)。
キュウリが添えられ、干しえび粉が振られ、麺(または春雨)と一緒に食べるのが定番。
ではあるのですが、実はパレンバンでは麺は必須ではなく、むしろ、本来は麺はつかないものなのだそうです。

つづいて、スープでいただくペンペの仲間。

テクワン Palembang_South Sumatra, 2019

テクワン/Tekwan。
ペンペの生地を、ペンペよりも小さくまとめて湯がいたものを、春雨やヒカマなどの入ったスープで。
スープは本来は、魚とエビの頭を使って出汁をとるものだったようですが、
チキンスープで代用しているところも結構あるんじゃないかなという気がします。
本当はキクラゲも入るものらしいのですが、この時のお店ではつかっていませんでした。
揚げシャロットと葉セロリの香りもよく、小腹を満たしてくれる美味しい一皿。

モデル Palembang_South Sumatra, 2019

続いて、モデル/Model。
これは、豆腐を挟んだペンペを使っていて、テクワンよりもどっしりとお腹にきます。
キュウリがはいってるのがいいですね。

ラクサン Palembang_South Sumatra, 2019

そして、ラクサン/Laksan。
ターメリックなどを加えたココナッツミルクのスープ、いわゆる「ラクサ」のスープです。
そこに、ペンペのスライスを入れたもの。

ペンペの形状ではなくなるのですが、パレンバンは揚げ煎餅もたくさん売られていて、
パレンバンから出て行くひとは、みんなこの揚げ煎餅とペンペを買って行くのではないかという勢いなのですが、
その揚げ煎餅も、魚のすり身をタピオカ粉を混ぜたものなんですよね。すり身好きなお土地柄。

パレンバンの揚げ煎餅 Bandung_West Java, 2019

また、パレンバンから北東に行ったバンカ島でのペンペは、海の幸のペンペ。

バンカ島

ペンペ Bangka_Bangka Belitung, 2019

手前のピンク色をしているのはエビを練り込んだもの。これもみっしりもちもちで美味しかったです。

エス Palembang_South Sumatra, 2019

パレンバンのペンペ屋では、冷たくて甘いエス/Esを食べるまでがワンセット(?)。
定番はエス・カチャン/Es Kacangという甘く煮た金時豆のものですが、写真は仙草ゼリー。
氷にチョコレートシロップや練乳やイチゴシロップがかかっていてます。
熱々でもっちりとしてチュコのはっきりした味わいのペンペと、甘くてひんやりのエス。
パレンバンのひとは、なかなか罪な組み合わせを思いついたものです。


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