マルタバ Bandung_West Java, 2020 |
普段はテーマを思いついたら、それを集中的に食べて調べてとするのですが、
そんなことしたら取り返しのつかないこと(体型)になると、ゆっくりじっくり準備するしかなかったのが、今回のテーマです。
マルタバ/Martabak。
脂肪のかたまり、糖のかたまり、ジャンクの極み。
なのに抗えない、その一切れ。もう一切れ。さらにもう一切れ。
マルタバには2種類あります。
パンケーキ状の甘いマルタバはマルタバ・マニス/Martabak Manis(呼称の地域差は後述します)、
おかず系のマルタバはマルタバ・テロール/Martabak Telur(テロールは卵の意味)。
まずは、マニスの方から。
マルタバ・マニス Bangka_Bangka Belitung, 2019 |
たっぷり厚みのあるパンケーキ生地にたっぷりのマーガリン、それがマルタバ・マニスの基本。
この生地の、気泡の抜けた後の霜柱のような質感がマニスのシズル感、だと思っています。
生地をふくらませるのに、ベーキングパウダーを使うのが基本ですが、イーストもよく併用されているようです。
それによって、軽いふわふわ感だけではない程よい食感が生まれます。
鉄製のどっしりした鍋に生地を流し、表面にふつふつと気泡が上がってくるのを待ち、
マルタバ・マニス Bangka_Bangka Belitung, 2019 |
マルタバ・マニス Bangka_Bangka Belitung, 2019 |
外カリッ、内フワッと焼き上がったところに、
これでもかという量のマーガリンの塊を落として、溶かしながらまんべんなく伸ばしてゆきます。
マルタバ・マニス Bangka_Bangka Belitung, 2019 |
そこに、バナナ、チョコ、チーズ、ピーナッツ、白ごま、などなどお好みのトッピングを。
マルタバ・マニス Bangka_Bangka Belitung, 2019 |
で、仕上げに練乳をだーーーーっとかけ、パタンと半分に折り、外側にも追いマーガリンをし、完成です。
まるでシロップに浸したかのようなしっとりとした食感。
練乳の甘さ、チョコのビター感、ピーナッツのクランチーさ、チーズの旨味、それらをまとめるマーガリンの脂分。
一切れつまんで食べた、その後の指のべったり感。
カロリーが、とか、身体に悪そう、とか、それはもう当然そうなのですが、
マルタバの魅力というのは、この身体に悪そう加減というか、悪魔の食べ物的なところだと思っています。
ひとことで言うと「やばい」。
このマルタバ・マニスの発祥は、バンカ島だと言われています。
というか、
このマルタバ・マニス状のものはインドネシアに限らず、シンガポールやマレーシアでも食べられており、
ある時マレーシアが「これはマレーシア発祥」と発表し、インドネシアが反発ということがありました。
まあ、マレーシアVSインドネシアはこれに限らず時々やっているので、既視感あるとも言えますが、
決着のつけようがないものなので、今回はインドネシアにおいてのお話ということで。
バンカ島は錫の産地で、かつてその錫産業に従事するために中国から移民があった島です。
その時の流れと名残で、バンカには客家系華人が今でも多く暮らしており、
このマルタバ・マニスも客家系華人が作り出したものだと言われています。
ただ明確な記録が残っているわけではなく、年代やいきさつは、諸説ありというか、不明というか。
マルタバ・マニス、バンカでは元々ホック・ロー・パン/Hok Lo Panと呼ばれていたのだそうです。
ホック・ロー人の菓子、という意味だとか。
ホック・ロー/Hok Loは、この客家人同様このバンカ島に移民として入ってきた福建省出身の人々。
漢字では福佬、日本語読みだと「ふくりょう」となるようですね。
で、そのホック・ロー人の菓子ですが、実はホック・ローのひとは一切関わりがないと言われています。
あくまでも、客家人が作り出した食べ物で、
当時のバンカで客家より上にあったホック・ローの社会的地位にあやかろうとして名付けられただけなのだとか。
今でこそあれこれ色々トッピングされているマルタバ・マニスですが、
最初のホック・ロー・パンは白胡麻に白砂糖のみというシンプルな焼き菓子だったようです。
マルタバ・マニス Bandung_West Java, 2019 |
そしていつしか、ホック・ロー・パンは、元々あったマルタバ(今のマルタバ・テロール)の仲間として、
マルタバ・マニスと呼ばれるようになったのだそうです。
マルタバ・テロールについても後述しますが、マニスとテロール、全然違う食べ物なのです。
なのにどうして、ホック・ロー・パンはマルタバを名乗ることにしたのか。
それが調べても分からない。悔しい。ご存知の方がいたら是非教えていただきたいです。
そのマルタバ・マニスという呼称も、実は地域差があり、
西カリマンタンのポンティアナク/Pontianakではアパム・ピナン/Apam Pinangと呼ばれます。
アパムはイーストを使った米粉のお菓子、ピナンはバンカ島の中心地パンカル・ピナン/Pangkal Piangに由来します。
ピナンの菓子、というくらいの意味なのでしょうね。
また東ジャワ以東ではテラン・ブラン/Terang Bulanという名称が一般的です。
明るい月、を意味するテラン・ブラン。由来はその見た目であることは明白です。
一方、中部ジャワのスマラン/Semarangでは、クエ・バンドン/Kue Bandungと呼ばれているのだそう。
バンドンの菓子、という意味です。
実際、スマランに限らず、マルタバを売っている屋台でバンドンの地名を掲げているところはよくあるのです。
マルタバ屋台 Jakarta_2018 |
これは、バンドン発祥のマルタバがあるという意味では全くなく、
スマランでマルタバを売り始めた客家人が、
隣店舗で繁盛していたミー・バンドン/Mie Bandung(バンドン麺)屋の景気にあやかろうと、
自分たちも「バンドンの菓子」と名乗りだしたからだそう。
ホック・ローにしろバンドンにしろ、なんとも客家系の人々の商売における聡さが伺える話しです。
マルタバ屋 Bandung_West Java, 2019 |
こうしてマルタバ屋は、バンドンとバンカそれぞれの地名を掲げる二大流派ができたわけです。
その味に違いがあるのかについては、それぞれの見解が分かれるとこではありますが、
バンカ出身の知人は「他のところのより、バンカで食べるマルタバの方がしっとりしている」と言います。
生地がしっとりなのは、「油分で」しっとりだというのがさすがという感じ。
マルタバ・マニス Bangka_Bangka Belitung, 2019 |
ちなみに最近は、マルタバ・サンフランシスコとかマルタバ・シカゴとかも登場し、いったいなんのことやら。
トッピングも、ベーシックなものだけでなくベリー系が加わったり、ピザ風だったり、
生地もパンダンリーフで緑色だったり、レッドベルベッドだったり、自由型です。
以前、北スマトラの都市メダンでみかけたのは、マルタバ・ピリン/Martabak Piring。
マルタバ・ピリン Medan_North Sumatra, 2018 |
見ての通り、ホーローのお皿で焼くマルタバ・マニスです。
マルタバ・ピリン Medan_North Sumatra, 2018 |
マルタバ・ピリン Medan_North Sumatra, 2018 |
普通のマルタバ・マニスより小振りで薄型です。
また、発祥の地バンカのパンカル・ピナンのお土産屋で見つけたのはマルタバ・ティピス/Martabak Tipis。
マルタバ・ティピス Bangka_Bangka Belitung, 2019 |
薄くてパリパリの甘いおせんべいのようなマルタバ。美味しかったです。
さて、そろそろ、もうひとつのマルタバ、マルタバ・テロールを。
薄く伸ばした生地で、名前が表わす通りに卵、鶏肉、刻みネギを合わせたものを包み、揚げ焼きにしたもの。
作り方を動画でどうぞ。(なんか小さいけど、大きなサイズに出来ない…)
マルタバ・テロールのルーツは西側、アラブ地方。
サウジやイエメンあたりのストリートフードとされるムタバ/Mutabbaqが原型だと言われています。
アラブの言葉で「折り畳む」という意味らしいムタバがインドネシアに伝わり、マルタバとなったそう。
アラブ地方にルーツとはいえ、恐らくインドネシアに持ち込んだのはインド系移民でしょうね。
そして、ジャワよりもスマトラに先に入ってきたのではないかと。
スマトラで食べるマルタバ・テロールは、ジャワのよりも西側に近い気がします。
(オリジナルを知らないので、印象ベースで言ってます、笑)
マルタバ・テロール Batam_Riau Islands, 2019 |
シンガポールの対岸、バタム島で食べたマルタバ・テロール。
マルタバ・テロール Batam_Riau Islands, 2019 |
マルタバ・テロール Batam_Riau Islands, 2019 |
ここは、店自体がマルタバ屋兼インド料理屋という感じで、
具のお肉も、ヤギ、マトン、鶏、シーフード、マッシュルームなどから選べるようになっています。
そして、アチャール(野菜の浅漬け的なピクルス)とカレーソースがついてきます。
このカレーソースをびゃーっとかけていただくんですね。
マルタバ・テロール Palembang_South Sumatra, 2019 |
こちらは南スマトラのパレンバンで食べたマルタバ・テロール。
やはりカレーソースがかかっていて、中の卵は溶いてないタイプ(これはお店による気がします)。
いずれも、様々なスパイスでしっかり味付けされた具とソースという印象。
一方、ジャワのマルタバ・テロールはというと、これは先のクエ・バンドンで登場したスマランが最初のようです。
スマランは中部ジャワ北岸の都市で、古くから交易で栄え、それゆえに外国人も多く居住していた街。
そんなスマランのアラブ系(インド系という説も)移民が作り始めたマルタバは、
ジャワの人々の嗜好に合わせて、よりあっさりとしたものに変化したのだと言われています。
マルタバ・テロール Bandung_West Java, 2020 |
現在、ジャワの各地で食べられているマルタバ・テロールは基本的にこのスマランの流れのもの。
使われる肉は鶏か牛、スマトラのマルタバで多用されたスパイスはごく控えめになり、
より旨味があると鶏卵が家鴨卵に変化したり、ソースがあっさりとした甘酸っぱいタレになったり。
刻みネギだけは、変わらなかったようです。
マルタバ・テロール Palembang_South Sumatra, 2019 |
わが家がマルタバを買うとき、マニスかテロールどちらかだけ、というのはないのです。
どっちも買います。塩っぱいと甘いの法則で。
毒食らわば皿までの法則かもしれないですが、とにかく、両方買ってこそなのです。
もうひとつ、明確な答えがわからないマルタバの謎があります。
「マルタバ屋台はなぜ夜なのか」
マルタバを売る屋台は、だいたいマニスもテロールも扱っているのですが、
基本的に夕方になると店を開き、夜中まで営業します。
人々がマルタバを食べるタイミングも、当然夕方から夜、それも結構遅い時間が多いのです。
マルタバ・マニス Bandung_West Java, 2019 |
これは、
バンカの華人の食生活サイクルに基づき、ホック・ロー・パンの時代から夜に売られていたのだという説や、
マルタバ屋は屋台が基本なので、商店なりオフィスなりが昼間の営業を終えた後の敷地で営業するからという説、
高カロリーなものは夜に食べたくなるからという、ホント??という説まで。
ただスマトラの、オリジナルに近いマルタバ・テロールを売る(マニスは取り扱わない)店では、
別に朝でも普通にマルタバ・テロールが食べられます。
なので、マニスの習慣に引っ張られたか、それとも「屋台だから」が正解なのか、という感じですね。
マルタバ・マニス Bandung_West Java, 2020 |
年に数回お仕事を一緒にさせていただく会社があります。
そこの現場で、どうしても作業が押して押して押してしまうと、
てっぺんが近づくあたりで、マルタバの差し入れがあります。夜中のマルタバ。
「もうそんな時間か」というのと「こんな時間にこんな高カロリー」というのと「禁断の…」というのが混ざり合った気持で、
一切れ。もう一切れ。ついついさらにもう一切れ。
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